広尾の日赤でVBACした体験談(3)昭和大学から転院

日赤に初診に行った時点で18週だったので、とりあえず転院を前提として次回(4週間後)の妊婦健診の予約を入れ、分娩予約もしておきました。

緊急帝王切開の体制はこれ以上望めないくらい完璧だったのですが、VBAC妊婦の管理は他と全く変わらないというのは正直不安でした。

昭和大学病院の方が、VBACに否定的なだけに管理が手厚かったりするのかな?とも考えたり(実際のところは不明ですが)。

でも、昭和大学病院はVBACを年に数件しか扱っていないので、子宮破裂の兆候など危険の見極めという観点では、日赤の方が慣れていて安心なのかなとも考えたり。

夫とも相談してみました。

夫は本心はできれば反復帝王切開を願っていたようですが、前回の帝王切開の傷で苦労した姿を見ているので、私がよいと思う選択をしてほしいと言ってくれました。

最終的に、日赤に転院してVBACにチャレンジするという決断をしました。

日赤への転院、前回の手術記録取り寄せ

日赤からの転院手続きはとてもシンプルです。

初診時に、転院するために2つの書類を用意してくるように言われました。

ひとつは、いま妊婦健診にかかっている病院から、検査記録と経過をまとめた資料をもらってくること。

こちらは健診を受けていたクリニックに「紹介状」として用意してもらいました。

もうひとつは、前回帝王切開した病院から手術記録を取り寄せること。

昭和大学では担当医が前回帝王切開した東京医科歯科大学附属病院から直接取り寄せてくれましたが、日赤の初診では個人で取ってくるように言われました。

ただ、東京医科歯科に連絡したところ、個人で取り寄せるには受診が必要で書類発行料もかかるので、日赤と直接やり取りしてもらった方がよい、とのことだったので、それを日赤に伝えて直接やり取りしてもらいました。

ちなみに手術記録によると、前回の帝王切開では子宮は横切開で、子宮筋層の縫合方法は2層縫合とのことで、VBACにトライできる条件はクリアしました。

実は縫合方法もVBACの子宮破裂には影響する報告があり、1層縫合より2層縫合の方がしっかり塗っているだけに子宮破裂のリスクが低くなるようです。(参考情報

といっても日赤では縫合方法はVBACの条件に入っていないので、1層縫合でもチャレンジできると思いますが。

日赤での妊婦健診は超シンプル

日赤ではセミオープンシステムを導入していて、妊婦健診を日赤で受けるか、自宅近くのクリニックで受けるか選ぶことができます。

わたしは特に希望がなかったので、日赤で引き続き健診を受けることにしました。

前回帝王切開をした東京医科歯科、そして今回の妊娠でかかっていた昭和大学とその提携クリニックではいつも医師の診察でしたが日赤は違っていました。

日赤では助産師さんの役割がとても大きくて、22週以降では原則、医師と助産師が交代で健診するという体制でした。

医師も助産師も担当制ではなく、ほぼ毎回違っていました。

健診の間隔は22週までは4週間に1回、22週~28週までは3週間に1回、28週~36週までは2週間に1回、36週以降は毎週でした。

医師の健診時しか超音波してもらえないので、赤ちゃんをみれる機会が少なくてちょっと寂しかったです(笑)。

日赤希望だけど、どうしても毎回超音波で赤ちゃんがみたい!という方は、セミオープンシステムで提携クリニックに通うとよいと思います。

子宮破裂の恐怖との闘い

前の記事にも書きましたが、日赤は基本経腟分娩という方針で、帝王切開既往があっても医学的に必要がなければ帝王切開はできません。

それを納得して腹をくくって転院したのですが、妊娠後期に近づくにつれて、やはり恐怖心がムクムクと大きくなってきました。

というのも、今回は周りにも言われほど明らかに前回よりお腹が大きくなっていて、前回はなかった引きつれるような痛みにも悩まされました。

特に、切開痕周辺が痛い時もあって「これは子宮の傷の痛み?」と不安になってしまいました。

健診で伝えてみるものの、「妊娠後期で子宮壁が薄くなりすぎているから超音波では何も分からない」、と言われて不安はつのるばかり。

さらに、同僚の旦那さんの会社の同僚がVBACで亡くなった(おそらく母子ともに)という衝撃的は話を聞いたりして恐怖心でいっぱいでした。

毎夜、長男の寝顔を見ては、「この子のために絶対死ぬわけにはいかない」やっぱり帝王切開を選ばなかったのは間違っていたのかもと後悔の念もこみ上げてきました。

とくに正期産の37週を過ぎてからが一番こわかったです。

37週未満での子宮破裂なら、予定帝王切開でもそうなっていたので諦めもつくけど、それ以降に破裂したら、帝王切開していればと一生後悔することになるからです。

精神面ではとてもきつかったですが、経過はいたって順調で、36週の終わりまで仕事もつづけ、それからも送迎で38週でもママチャリを乗り回す日々を過ごしていました。

(4)へ続く

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