広尾の日赤でVBACした体験談(6)産後にまさかの激痛

出産翌日の夜、はじめて赤ちゃんと一緒に過ごす夜のこと。

昼間はおとなしくスヤスヤ寝ていたのに夜はまったくコットで寝てくれない。

コットにおくと60秒以内に背中スイッチが作動してギャン泣きしていた。

どんなに抱っこで熟睡していたも、どんなにそ~っとおいてもまったく効果なし。

仕方なく授乳→横抱きで寝かせる→授乳の無限ループを一晩くりかえすしかなかった。

日赤は完全母乳が方針なのに、部屋には授乳クッションもなく、低くて重いビーズ枕があるだけだった。

そこで、授乳の時だけこれまた重い掛布団を丸めて、ビーズ枕に重ねて高さを出して、授乳クッション代わりに使っていた。

しかも、寝ていた電動ベッドは高さを一番下にしても床に足が届かなくて、ベッドに腰かけて座る姿勢がとてもつらかった。

授乳クッションも足台も授乳室にしかないので、産後の疲れ果てた体では授乳の度にそこまでコットを運んで往復する気力がなかったのだ。

そんな無理な姿勢で、抱っこして一晩を明かしたからか、翌朝から体に異変が起こった。

前日までロキソニンが効いていた会陰切開の傷が激痛に変わっていたのだ。

ロキソニンがまったく効かなくなっていて、あまりの痛さに号泣しながら助産師さんを呼んでボルタレンの坐剤を持ってきてもらった。

ボルタレンを入れると少し楽になるものの、1日に2回までしか使えず、間隔も6時間空けないといけない。

つまり1日のうち12時間は激痛にのたうち苦しむことになるのだった。

産後の診察のため廊下を歩こうものなら、数メートル進んだところで激痛で足が動かなくなり、号泣していたので、周りから白い目で見られていたと思う。

実際、初めのうちは助産師さんもピンとこなかったのか「こんな痛がるヒトを見たのは初めて」と言っていた。

でも正直、陣痛なんかと比べものにならないくらい、この産後の会陰の激痛の方が辛かったのだ。

前回の帝王切開の傷だってここまで痛くなかったし、しかも産後翌日に歩行訓練をして翌々日からはスタスタ歩いていた。

たぶん産後に不安定になっている号泣産婦に見えたと思うので、自分は痛みに強いのにこの会陰の傷は尋常じゃないくらい痛いということを必死に訴えてみた。

1回目の診察では、術部は特に問題なしと言われて、化膿止めの軟膏をもらっただけだったので、痛みに対しての対応はなかったので。

運の悪いことに、2回目の診察の医者が、例の会陰切開の縫合をしてくれた印象最悪な女医さんだった。

実は親友が外科医なので、恥をしのんで術部の写真を送ってアドバイスをもらっていたが、それを伝えても剣もホロロな塩対応。しかもタメ口って。

その女医さんからの提案は会陰切開の術部に「ロイコストリップ」を貼るという素人目から見てもありえないものだった。

だってロイコストリップって、ただの粘着テープだから。

帝王切開の傷ならいいけど、会陰だからオシッコしたら取れちゃうじゃん!!!そんなのバ〇でも分かるじゃん!!

という言葉を喉元で飲み込み、すごすごと診察室を出て、号泣しながら部屋へ戻ったのだった。

そして、ロイコストリップは一回目の排尿時にベロンベロンにはがれてしまった。

翌日。激痛はおさまらないどころか、最強の鎮痛剤だと疑わなかったボルタレン坐剤も3~4時間で完全に効果が切れるようになってしまった。

痛みが全く引かないと助産師さんに伝えると、また例の女医さんがいきなり部屋に訪ねてきてあとでまた診察するというので、心底がっかりした。

なぜか前日のタメ口からこのときは丁寧語になっていた。どうでもいいが。

前日にまるで私が痛みに弱いと言わんばかりの言われ方だったので、きっと真剣に取り合ってもらえないのだろう。

そう思うと怖くなってきて、勇気を出して助産師さんに会陰切開の縫合から昨日のことまでを伝えて、できれば医者を変えてほしいと申し出たところOKだった。

何でも言ってみるものだなと思った。何なら会陰切開もリーダーっぽい女医さんにやってもらうよう言えればよかったな~。

激痛の引き金は無理な姿勢で抱っこで一晩過ごしたからだと思うけど、会陰切開の縫い方が素人目でもエッと思うほど適当に見えたのでこれも一因じゃないかと疑っていたから。

3回目の診察から退院まで対応してくれた新たな女医さんはとても親身になってくれて、エコーで診てくれたり、痛みに対する提案(抜糸)もしてくれて本当にありがたかった。

あとで助産師さんから聞いたところ、とても若く見えたその女医さんは次期部長候補と言われる優秀なベテラン医だったのだった。

それでも痛みは一向によくならず、ボルタレン坐剤もあまり効かなくなっていった。完全に切れた時間は号泣しながら赤ちゃんの世話をして過ごした。

激痛に耐えられなくなった時だけナースステーションで赤ちゃんを預かってもらった。

5日間の入院ではまだ激痛が続いて回復のきざしが見えなかったので退院許可が出なかった。

翌日も状況は変わらなかったので引き続き入院を進められたけど、上の息子のことが前日の退院延期にひどくがっかりしていたので何としても帰りたかった。

そこで母と夫に世話をしてもらってベッドで安静に過ごすことを条件に退院許可をもらった。

退院する時も産科のエレベーターまで歩いたところで痛みで足が固まり、そこからは車いすに乗ってタクシー乗り場で向かった。

自宅ではトイレと風呂以外は、ベッドに寝るか円座クッションに座って過ごし、自宅内の移動時も会陰に極力負担をかけないように四つん這いで動いた。

その後の経過は、退院後3日くらいでやっと痛みが回復してくる兆しがみえて、10日ほど経つと自宅内の短距離なら歩けるようになった。

前回の帝王切開の傷の回復が悪かったことがVBAC選択の理由だったけど、まさか会陰切開で産後にここまで激痛に苦しむことになるとは予想外だった。

でも、医者に聞いても私のような産後激痛になるのはレアケースだそうで、実際に退院時診察でもまわりの産婦さんは円座クッションすら卒業している方がほとんどだった。

ということで私の経験を読んた方も不安にならずに、稀にこんなこともある程度に思っていただければと思います。

ただ、最後にお伝えしたいのは、こんな経験を差し引いても、今回お世話になった広尾の日赤は東京で、いやおそらく日本一番に安全かつ安心できる環境で出産できる病院だと自信を持っておススメできます。

同室に帝王切開の方もいましたが、産後の助産師さんの対応が本当に手厚くて、ほぼ付きっ切りといっていいような感じでした。

前回の帝王切開でも日赤がよかったなぁと日赤で帝王切開できる人がうらやましく思ってしまいました。

ということでVBACを選んだら、まさかの産後痛に苦しんだタカエマのちょっとレアな出産記録でした~。

どなたかのご参考になれば心底うれしく思います!!

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